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合掌中に何を考えるべきか

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食事の際に合掌させるなの議論をきいたとき、それでは「自分なりに合掌中に何を考えるべきか」ということを真剣に考えたことがある。至った結論は「この食事に至った人手や手間を原料に遡るまで一瞬でいいから考える」であった。

そうすれば

  • 誰がどう仕事してこうなったのか
  • 原料、材料はどこからどうやって手に入っているのか
  • その苦労は自分が請け負ってできることか

などなど、生産者や調理に関わる人を超え、この社会を構成する方々すべてへの感謝の念が自動的に湧いてくる。社会問題も見えてくる。宗教も関係ない。

年末某日、寝床に置いてあった月刊Hanada 2017年6月号の連載『日本人、最期のことば』を読んだ。小林一茶…敬称が思いつかないのでとりあえずさん付けしておく。小林一茶さんの句が紹介されていた。

耕やさずして喰ひ、織ずして着る体たらく、今まで罰のあたらぬもふしぎ也。

この時代以上に高度な社会となった今は分業が進み、衣食住を自分で作り出すことなく、作られたものがお金を通して与えられるのが当たり前になっている。それが当たり前なのか当たり前じゃないのかというのは謙虚に考えるべきだ。

食前の合掌をそのきっかけとしてみてはどうだろうか。

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